こんにちは、こかげです。
中3の夏、「毎日通う全日制は、やっぱり難しい。だから、通信しかない」と、息子は不安そうにこう言いました。また私たち親もネガティブな選択肢と捉えてました。
それから、約一年たった正直な感想です。通信制高校+サポート校を選択して、息子は「この進路を選んで、俺は良かったと思う」との事です。私は思っていたよりは良かったと感じたことが多かったです。
この記事では、進路が決まらなかった中3の夏と、通信制高校1年目の夏を比べて、どう変わったかを書きます。息子には発達特性(未診断ですが、高機能ASDの可能性)があり、その視点も踏まえた体験談です。今、先が見えない不安の中にいる親御さんの参考になれば嬉しいです。
👉 発達特性に気づくまでの経緯はこちらの記事に書いています。
中3の夏が、すべてが分からなくて不安だった
中学3年生の夏。どうやって進路を決定すればいいの?未知の将来に悩む。
公立中学から届く、進路に関するアンケート提出依頼に焦る。
分からない。全日制普通科に行きたい気持ちは0ではない。だけど、通えるのか?通信制高校しか選択肢はないのか?
「最低でも高校は卒業したい。高認試験は、最後の手段」息子の中で決まっていたのは、それだけでした。では何から、何を具体的にどう決めればいい?
今、中学3年生で不登校のお子さんは、とても悩んでるのではないですか?
お盆過ぎ、全日制への未練を抱えたまま、進路の為に行動をはじめた。
うちは、お盆を過ぎてようやく、「せめて、全日制か通信制、どちらにするかは決めないと何も始まらない」そんな気持ちで、通信制高校の見学や個人相談会に行きました。
もう息子は、普通に学校に通えないまま、通信制高校に入学し、世間で言う普通から外れた3年間を過ごすのか?と私はネガティブな思いでいっぱいでした。
たまたまなのかもしれないけれど、以前参加した通信制高校+サポ校の見学会は、お子さんが終始やる気なくうなだれていたままであったり、そもそも進学することに興味を持っておらず、保護者に無理やり連れてこられたという態度だったり。それを見て、未来に希望はない。そんな風に感じてました。
しかし、だからと言って、今の状態を見て息子が全日制に行けるとは思えません。以前よりマシなところがあれば。そう、まったく希望はせずに説明会に参加しました。
ですが、この説明会が意外でした。一緒に参加した数名。普通である。普通って何?って話ですが、説明会に控えめだけどちゃんと、お子さんが参加している。偶然座った前の席の男の子に、あれ、友達になれるかも?入学式で会えたらいいな、そんな風に息子が思ったこと。もしかして、ここなら大丈夫かも?そう私たち親も思いました。
もっと沢山の学校を見学して比較した方が良いのでは?という気持ちと、本人がいいと言うなら、それが一番じゃないかという気持ち。そして正直に言えば、これまでの長い不登校生活に終止符を打ちたい、早く楽になりたいという気持ちも大きかった。こうして、進路探しの旅はあっけなく終わりました。
申し込みをしたあとも、こんなに安易に決めてよかったのかと、モヤモヤはありました。万が一、また通えなくなって転校となったら、私の心が持たないと思いました。しかし、既に契約書を出して、なるようになれ、ヤケクソ感もありました。それぐらい、あの頃の私は消耗していたのだと思います。
それから一年後の夏
春に入学式に参加し、息子は自分で決めた進路を歩き始めました。三ヶ月が過ぎて、通信制高校とサポート校は、「ここが自分には合っている」と言える場所になりつつあります。
気分によっては、今日はサポート校のキャンパスに登校せず、家にいたいという日も普通にあります。それでも「ここが合っている」と1番感じるのは、過敏性腸症候群と肌荒れが、ほとんど気にならなくなったことです。身体と心は繋がっていると、改めて感じます。
もちろん、順風満帆ではありません。提出課題を期限前日まで出せない息子を目の当たりにして、本当にこれで良かったのか?息子は、通信制高校の負担の少ないカリキュラムさえ出来ない。それすら無理なのか?と大きな不安に襲われたこともありました。
しかし、息子を深く理解してくれるサポート校の担任や、関わってくれた通信制高校の先生方のおかげで、息子はやっと、自分で歩き始めました。これは逆に、全日制では出来ない経験だったと思います。
👉 課題騒動の顛末はこちら:通信制高校の課題、締め切り前日でゼロ。それでも息子が自分で動いた日
そして今年は、挑戦する夏にすることが出来そうです。
- 大学のサマーラボ
- オープンキャンパス
- 模試
- 英検準1級
詰め込みすぎじゃない!?でも、親の私も気持ちが大きく変わってます。出来なくてもいい。また次、チャレンジするでもいい。これは、息子が通信制高校で、以前に比べて心身が安定しているのを見て、私自身が、これで良かったと思えているから。気持ちに余裕が出来たから、見守る気持ちが生まれたのだと思います。
この先うまくいくかどうかなんて分かりません。でも、進みたいと思えた結果、予定を入れた。立ち止まるしかなかった去年とはまるで違います。
息子が変わったのではなく、環境が変わった
環境が変わったから、息子も変われた。私はそう感じています。
「みんなと同じでなきゃ」と感じる場所から、「自分のペースで」を認めてもらえる場所へ。そして、信頼できる第三者(担任)が関わってくれるようになりました。だから、一歩踏み出したくなった。
サポート校の担任の先生は、親の私より早く、息子がどんなタイプかを見抜いていました。わが家は、助けてくれる人がいたから進めたのだと思います。
過去を振り返ると、中学の先生方も、大変親身になってくださっていました。ただ、先生方が目指していたのは「再びみんなと同じように学校に通えること」。目指すゴールが違ったのだと思います。環境が合い、周りの理解が進んだことで、息子は自分らしさという力が出せるようになった。そんな気がしています。
「できないこと」より「やりたいと思えること」
この一年、息子を見ていて気づいたことがあります。
苦手を克服させて、欠けた部分を埋めようとしていた頃と違い、出来る部分を伸ばす方向に働きかけを変えると、不思議と、欠けた部分は、少しずつ気にならなくなってくるのです。
できないことばかりを気にするより、その子が自分の気持ちに従いやりたいと思えることを、見守りやらせてあげる。その方が、本人の力は何倍も発揮されるのではないか。今はそう思っています。
「そんなんじゃ通用しないよ」とささやく声
正直に言うと、今も私の中には、ささやく声があります。
「やりたいことだけやるなんて、ワガママじゃないの?」
「そんなんじゃ、社会で通用しないよ」
仕事柄、社会の厳しさを見てきたからこそ、この声は消えません。この記事を読んでくださっている方の中にも、同じ声が聞こえている方がいるのではないでしょうか。
でも、同じ仕事柄、こうも思うのです。
私は仕事で、たくさんの大人の転機に関わってきました。大人になってから学び直す人、資格を取る人、まったく違う道へ進む人。
私自身も、多くの転職を繰り返してきました。40代・50代で学び直しをしたいと思い、資格を取ったり、ジョブチェンジもしました。
頑張りどきは、人生に何度でも来ます。
子どもの頃に、辛い思いばかりして頑張る必要が、本当にあるのだろうか。50代半ばになった今、改めてそう思います。
人生は短いけど、長い。
15歳の今は、「社会で通用するかどうか」より、「自分で選んで進む」練習をする時期でいいのかもしれません。
やっと「コンパス」を手に入れた
去年は、向かう方向が分からなかった。今は、進みたい方向が、なんとなく定まった。息子も私も、やっとコンパスを手に入れたのだと思います。
このコンパスは、まだ精度は低いかもしれません。なんとなく「そっちじゃない」と分かるくらいのものです。それでも、方向が分かるだけで、人は少し勇気を持って一歩を踏み出せる気がします。
去年の不安の正体は、「先が全く見えないこと」でした。未来は誰にも分かりません。でも、少し先の方向性が見えてくるだけで、人はまた前に進もうと思える。この一年で、それを知りました。
振り返って、進路選びで大切だと感じたこと
これはあくまで、わが家の体験談です。発達特性のある息子との経験から、振り返って感じたことが3つあります。
まず、不登校の子に「進路を決めて」とだけ言うのは、酷だったということ。学校に行けていない最中の子にとって、進路はまだ未知の世界です。決めるのは本人でも、選択肢を並べて、一緒に見に行く、一緒に悩む。そこまでは親の役割だったなと、今は思います。
次に、もし選んだ進路が合わなかったときは、親も一緒に方向転換すればいい。「自分で決めたんでしょ」と突き放すためではなく、間違えても戻れる安心があるから、子どもは選べるのかなと思うようになりました。
最後に、親が安心したいがために、進路を子どもに決めさせないこと。これは、私自身への戒めです。「自分で選ばせる」と「決定を丸投げする」は、似ているようで違う。あの夏の私は、その境界線の上を、ふらふら歩いていました。
まとめ:今、どうしていいか分からなくなっている親御さんへ
不登校のお子さんを持つ親御さんは、去年のわが家と同じように、漠然とした不安を抱えていると思います。
その子らしい未来の方向へ、半歩でも進んでみる。そうすると、「全部止まってしまった」と感じていた時間が、また動き出すかもしれません。
とはいえ、すべてが解決するなんてことはありません。間違えたり、立ち止まったり。それでも、進むしかない。これは、うまくいき始めたから言えることではなくて、何度も苦しい思いをしながら感じてきたことです。
※これはあくまで、わが家の場合です。お子さんによって、合う環境も進むペースも違うと思います。
去年の夏の私は、大げさですが、八方塞がりのような気持ちでした。一年たった今も、この先どうなるかは分かりません。それでも、「人生の答えが出るのはずっと先」と思える時が増えました。
あの頃の私に、伝えたいです。「それでも、何とか進めてる」
この記録が、私たちのように進路に不安になっている保護者さんやお子さんに、自分たちだけではなかったと思ってもらえたら、嬉しいなと思っています。
👉 通信制高校を選んだ経緯はこちら:通信制高校の選び方|5校見学した親が最後に決めたのは「先生」でした
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。


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