発達障害かもしれないと気づいて、息子の過去が全部つながった|「なぜ?」が「そういうことだったのか」に変わるまで

不登校のこと

こんにちは、こかげです。

発達障害かもしれない。

そう思って調べ始めてから、息子の過去の出来事が、まるでパズルのようにつながり始めました。

この記事では、「なぜこの子はこうなんだろう」と長年思っていたことが、「そういうことだったのか」に変わっていった話をお伝えします。診断が出たわけではありません。あくまで、わが家の経験と気づきの記録です。

👉 気づくまでの経緯はこちら:「変わった子」だと思っていた。でも、息子はとっくに知っていた。

以前の私には、「なぜ?」しかありませんでした

振り返ると、息子に対して「なぜ?」と思うことが、ずっとありました。

なぜ簡単な書き取りができないのか。

なぜ恵まれた環境なのに寝込んでしまうのか。

なぜ「やる」と言ったのに動けないのか。

なぜ試験会場まで行って受けずに帰ってくるのか。

当時の私には、その理由が分かりませんでした。

だから、「少し変わった子なのかな」「わがままなのかな」「怠けているのかな」と、答えの分からないまま受け止めていました。

でも今は、少し違って見えています。

書き取りができなかった理由

中学生の頃、息子は簡単な書き取りの宿題、単純な計算の宿題を嫌がり、やりませんでした。

学力的には何も問題がありません。でも机の前でノートを見つめて、何時間も止まっている。

当時の私は、「なぜできないの?」と思っていました。

でも今は、違う目で見ています。

息子にとって「意味がない」「無駄だ」と感じることへの強い抵抗は、意志の弱さではなく、特性によるものだったのかもしれません。

頭では「やらなければ」と分かっていても、身体が動かない。そんな困りごとがあったのかもしれません。

転校後すぐ、寝込んだ理由

公立中学へ転校したとき、決して登校しづらい環境ではありませんでした。

小学校時代の友達がいて、先生も優しく、中高一貫からの転校のため、勉強も簡単に感じた。

なのに、10日ほど通ったあと、起き上がれなくなりました。

当時の私は、「わがまま」と思っていました。

でも今は、分かる気がします。

実は、ガラリと変わった環境に合わせようと頑張っていた。

「マスキング」という言葉を知ってから、やっと理解が出来てきました。

英検の会場から逃げ出した理由

息子は過去に2回、英検の試験会場まで行きながら、試験途中で帰ってきたことがあります。

当時の私は、「結果はともかく、なんで最後までやらんの?」と思っていました。今思えば、最後までやれば受かっていたかもしれません。

1回目の理由は、あとで本人から聞きました。「自分だけやっているのが恥ずかしい」から。パソコンで受ける方式で、周りの受験生の声が聞こえていて、みんなが先に終わって静かになった。それが耐えられなかったそうです。

2回目は、はっきりした理由は分かりません。ただ、自分が英検を受けることに、本人が納得していなかったのだと思います。

ここで書いておきたいのは、「出来ないから受けたくない」ではなかった、ということです。

だって、準2級は不合格のまま、その数ヶ月後の2級は一発合格なのですから。

本人の中で納得できていないと、進めない。こだわりの強さなのでしょうか。息子の特性の一つだったのかもしれません。

当時は「普通はそんなことしない」と息子に強めに伝えていました。本当に、なぜそんな行動になるのか、まったく理解できませんでした。

👉 その後の話はこちら:英検会場から2回逃げた息子が、英検2級に合格するまで

課題が出せなかった理由

最近の課題提出の出来事も、今は違って見えています。

「課題をやりたいから」と言って部屋にこもった息子。でも、進んだ課題はゼロでした。担任の先生からの連絡にも応じられませんでした。

それでも翌朝、先生と話をしたあと、ようやく動き出しました。

以前の私なら、「サボっている」「怠けている」と思っていたと思います。

でも今は違うふうに見ることが出来るようになりました。

やりたいのに動けない。やらなければと分かっているのに、身体が固まってしまう。外からは見えない困りごとが、息子の中にあったのかもしれません。

能力の問題ではない。やる気の問題でもない。でも動けない。

そんな苦しさが、あったのかもしれないと思っています。

👉 このときの出来事はこちら:通信制高校の課題が出せない息子。私はいつも先回りしていた

変わったのは息子ではなく、私の見方でした

気づいてから分かったのは、息子は何も変わっていないということです。

変わったのは、私の見方でした。

「なぜやらないの?」が、「やりたいのに動けないのかもしれない」に。

「わがまま」が、「消耗していたのかもしれない」に。

「サボり」が、「困りごとがあったのかもしれない」に。

同じ出来事なのに、まったく違って見えるようになりました。

見え方が変わって、ホッとしました

見え方が変わって、私はホッとしました。

これからは、理解しようとしながら関わっていける。そう思えたからです。

長年「なぜ?」と思い続けてきたことへの答えが、少しずつ見えてきた気がしています。

まだ診断は出ていません。でも、息子の「困りごと」を否定せずに受け止められるようになった。

それだけで、私の中で何かが変わりました。息子は何も変わっていません。でも、息子を見る目が変わったことで、親子の会話も少しずつ変わり始めています。

※発達障害かどうかは、インターネットの情報だけでは判断できません。気になることがある場合は、医療機関や専門機関へ相談されることをおすすめします。

👉 調べていく中で出会った「マスキング」という言葉については、こちらの記事で詳しく書いています。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

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