理由が分からない不登校の正体|「無意識の頑張り」と過敏性腸症候群

通信制高校のこと

こんにちは、こかげです。

「学校は楽しそうだったのに、なぜ不登校になったの?」

当時の私には、本当に不思議でなりませんでした。

わが家の息子は、まさしくそうでした。先生から「真面目で問題のない子」と言われ、友達関係も特に大きなトラブルはありませんでした。親の私から見ても、不登校になるほどの理由は見当たりませんでした。

だから、息子が学校へ行けなくなったとき、私は何が起きているのか分かりませんでした。

この記事では、通信制高校へ進学した今だからこそ見えてきた、「理由が分からない不登校」の正体についてお話しします。「特別に問題があったとは思えないのに、なぜ?」と原因が分からず苦しんでいる親御さんの心が、少しでも軽くなれば幸いです。

理由が分からない不登校は、決して珍しくない

不登校というと、いじめや友達関係、勉強についていけないことなど、分かりやすい理由を思い浮かべる方が多いかもしれません。いじめがあるから不登校になる。息子が不登校になるまでは、私もそのくらいに思っていました。もちろん、そうしたケースもあります。

でも実際には、「理由が分からない」「本人も説明できない」という不登校も少なくありません。

息子は、まさにその理由の分からないタイプでした。先生は「学校では楽しそうですよ」と言う。本人も「別に嫌なことはない」と言う。それなのに、朝になると身体が動かない。過敏性腸症候群は受診して治療をしているにも関わらず悪化するばかり。見ていて、本当に苦しかったです。

今になって見えてきた「理由が分からない不登校」の正体

最近になって、息子と当時のことを話す機会がありました。そこで初めて聞いた言葉があります。

「周りが楽しいと思っていることは、自分も楽しいと思わなあかん気がしてた。」

「本当は俺は違うと感じていても、みんなと同じように楽しそうにしてなあかんと思ってた。」

私は衝撃を受けました。息子は学校を嫌がっているようには見えませんでした。むしろ、協調性があり輪を乱さない。でも、それは本心ではなかったのです。

マスキング(カモフラージュ)とは?

息子は小さい頃から、先生に褒められること、大人の期待に応えること、空気を読むことが得意な子でした。親としては、とても安心していました。でも今振り返ると、そう振る舞うのが良いと気づいて演じていただけだと思います。

私も含めて、誰も気づけませんでした。

ここで、ひとつ大切なことがあります。息子は、意識して周りと合わせることを演じていたわけではないと思うのです。たぶん当時は、本人ですら、自分が無理をしていることが分からなかったと思います。

少しずつ、理由の分からない違和感が積み重なっていく。でも、それが何なのかは本人にも分からない。正体の分からないしんどさが、やがて身体の症状として現れたのではないか。今は、そう思っています。

これは、子どもだけの話ではないのかもしれません。私たち大人も、日々の小さな違和感や満たされない思いを、「これが普通だから」「みんな当たり前にやっていることだから」と見ないふりをして頑張り続けることがあります。そして、ある日突然、もう限界かもしれないと思う。私には、そういうことがありました。

まだ自分の心を言葉にする力が育ちきっていない子どもだからこそ、不登校になったときも原因が見えませんでした。だけど身体に症状は現れていた。とっくに限界だったのかもしれません。

「学校に行けない」と「お腹が痛い」は、私には同じ根っこに思えた

当時の私は、「学校に行けないこと」と「過敏性腸症候群」は別々の問題だと思っていました。でも今振り返ると、私には、どちらも同じ根っこから生まれていたように思えます。

息子は中学時代、激しい過敏性腸症候群に悩まされていました。病院にも通いました。薬も飲みました。それでも良くなったり悪くなったりを繰り返していました。さらに肌荒れもひどくなりました。今振り返ると、身体が必死にSOSを出していたように思います。

理由ははっきり分からなくても、ここまで身体に症状が出るというのは、よほどのことだったのでしょう。でも当時の私は、そう受け止められませんでした。「なぜ?」「みんな普通にできているのに。」そんな思いが先に立ち、心のどこかで息子を「ダメな子」だと思ってしまっていました。今振り返ると、本当に申し訳なかったと後悔しています。

あらためて、心と身体は深くつながっているのだと感じています。誰の身にも起こることなのだと、今なら思います。

「マスキング」することを少しずつ手放した頃、症状も落ち着いていった

不登校になってから、息子は少しずつ変わっていきました。

  • 不機嫌なときは、不機嫌でいられる
  • やりたくないことは「やらない」選択をする
  • 無理な人付き合いをしない
  • 自分に価値を感じない学習はしない(笑)

以前なら絶対にできなかったことです。私は最初、とても戸惑いました。でも今思えば、それは反抗ではありませんでした。自分を守るための回復だったのだと思います。

そして驚いたことに、あれだけ悩んでいた過敏性腸症候群は、少しずつ症状が落ち着いていきました。あんなにガサガサだった肌荒れは、滑らかな状態になっていきました。

もちろん、それだけが理由だったとは言えません。成長や環境の変化など、さまざまな要因が重なっていたのだと思います。それでも私は、「無意識に頑張り続けること」を少しずつ手放せたことが、大きな転機の一つだったのではないかと感じています。

※わが家の場合の話です。

👉 その後、息子はアルバイトに挑戦できるまで回復しました。働けるようになるまでの体験談はこちら

「友達がいない」を否定されない場所

マスキングを手放せた背景には、今の学校の環境も大きかったと思うので、少しだけ書きます。

今の通信制高校には、無理しなくていいという安心感があります。息子は今でも、「友達はいない(笑)」と言っています。

昼休みにみんながゲームをしていても、自分は一人で過ごす。そんな選択も誰にも何も言われません。無理に輪に入らなくていい。無理に楽しそうにしなくていい。そんな空気が流れているのです。

先日、息子がこんなことを言いました。

「今の俺が中1の自分に言うなら、『周りの目なんか気にせんと、一人で岩波文庫でも読んどけ』かな。」

思わず笑ってしまいました。でも、その言葉に私は安心しました。ようやく、自分の気持ちを優先していいと思えるようになったのだと感じたからです。

👉 『自分が自分でいい』と思える場所。不登校だった息子の通信制高校3か月レポート

まとめ|お子さんの「反抗」は、回復のサインかもしれない

今振り返ると、不登校は突然起きた出来事ではありませんでした。本人さえ気づいていなかった小さな我慢や、無意識の頑張りが、少しずつ積み重なった結果だったのかもしれません。

だから、もしお子さんが急に反抗的になったり、「いい子」をやめ始めたりしたら、それは単なるわがままではなく、自分の心を取り戻そうとしている回復のサインなのかもしれません。少なくとも、わが家ではそうでした。

過敏性腸症候群も、完全に「治った」というより、今は「治まっている」のだと私は思っています。また無理が重なれば、ぶり返すこともあるでしょう。それでも、そのときは「今、疲れているよ」という身体からのお知らせとして受け止められたらいいなと思っています。

私は今も、息子のことが全部分かっているわけではありません。ただ、あの頃のように無理に原因を探そうとは思わなくなりました。子ども自身もまだ言葉にできない苦しさを抱えていることがある。そう思えるようになっただけでも、あの頃よりは楽になりました。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

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