不登校の息子に「学校に行かなくていい」と伝えた日|親が覚悟を決めるということ

不登校のこと

こんにちは、こかげです。

あの日、私は「もう無理に学校へ行かせなくていい」と決めました。

決めた瞬間、自分の中で何かが崩れる音がした気がしました。

リビングのソファに座ったまま、しばらく動けませんでした。窓の外では、小学生がランドセルを背負って帰っていく。「もう、この子はあの流れには戻らないのかもしれない」そんな現実が、一気に押し寄せてきました。

でも同時に、不思議な感覚もありました。ずっと背負い続けていた重荷を、少しだけ下ろせたような気持ち。

そんなことを思ってはいけない、と思いながら。それでも、少し気が楽になっていました。

普通に学校へ通っていたら、何も考えずに済む日々があった。それが羨ましいと思う気持ちも、正直ありました。

学校へ行かせることをやめてからも、大変なことはたくさんありました。毎日三食どうする、学習はどうする、外出も難しい日々が続く。学校に通えていないからこその、別の苦労が次々と出てきました。

それでも、気が楽になったのも本当のことです。これが、あの頃の私の正直な気持ちでした。

この記事では、息子の不登校に向き合う中で、私が「覚悟を決めた日」のことを書きます。きれいな話ではありません。でも、同じように「学校に行かせるべきか」と悩んでいる保護者の方に、少しでも参考になれば嬉しいです。

体調を崩してまで、学校が最優先なのか

息子は、学校へ行こうとするたびに体調を崩していました。過敏性腸症候群、肌荒れ、朝になると動けなくなる。身体が、はっきりとSOSを出していました。

そんな息子を見ながら、私はずっと「どうすれば学校へ戻れるか」を考え続けていました。でも、ある日ふと思ったんです。

あの時の息子にとって、学校でなければできない学びが、本当に最優先だったのだろうか。

もちろん、先生方は一生懸命やってくださっていました。学校が悪いわけでも、先生が悪いわけでもない。でも、これだけ心身に症状が出ているのに、それでも無理に行かせることが、本当に最優先しなければならないことなのか。少しずつ、そう思い始めていました。

一番しんどかったのは、理由が分からなかったこと

一番しんどかったのは、「学校へ行けないこと」ではありませんでした。

なぜ学校へ行けないのか、それが分からなかったことです。

いじめがあったわけではありません。勉強についていけなかったわけでもない。友達もいました。先生との関係も、特別悪くはなかった。それなのに、心身に症状が出ていた。

理由が分からない。だから解決方法も分からない。その暗闇の中で、親は答えを探し続けます。私も、そうでした。

学校へ行かせないという決断|壊れたのは私の価値観だった

私が苦しかったのは、「学校へ行けない息子」ではありませんでした。

「学校へ行くのが当たり前」。そう信じて疑わなかった私自身の価値観を、壊さなければいけなかったことです。

大多数と同じルートには、安心感があります。道が整備されていて、周りも同じ方向を向いている。でも、そこから自ら外れることを選ぶのは、勇気と覚悟がいります。そして、その選択の責任は、すべて自分が負うことになる。

「もし通信制高校に行って、うまくいかなかったら?」「あの時、もう少し頑張らせていれば良かったのでは?」。そんな問いが、頭の中をぐるぐると回り続けていました。

不登校で親が覚悟を決めるまで

覚悟を決めたとき、息子の反応は拍子抜けするものでした。

「またそんなこと言って、どうせ気まぐれやろ」という顔をしていました。親が本気だとは、思っていなかったのでしょう。

それはそれで、少し笑えました。私がどれだけ悩み、覚悟を決めたか——息子にはまだ伝わっていませんでした。でも、それでよかったのかもしれません。

息子が安心して毎日を過ごせること。それが、私が一番守りたいものだったからです。

「もう学校へ戻ることを求めない」と伝えてから、息子は少しずつ自室から出てくることが増えました。他愛のない話をしたり、一緒にテレビを見たり。以前よりも、安心した表情で話しかけてくれる時間が増えたように感じています。

今振り返ると、私は息子にとって一番苦しいことを、ずっと求め続けていたのかもしれません。「学校へ行ってほしい」という私の願いは、息子にとっては「ありのままでは受け入れてもらえない」というプレッシャーになっていたのではないか。そんなふうに思うことがあります。

もちろん、本当にそうだったのかは息子にしか分かりません。でも、私が「学校へ戻ること」を手放したことで、親子の空気が少し変わったのは確かでした。

正解だったのか。今でも分かりません

正解だったのか。今でも分かりません。

通信制高校へ進んだから、「これで良かった」と言い切れるほど、人生は単純ではありません。

でも一つだけ確かなことがあります。

あの日守ったのは、「学校」ではなく、「息子」でした。

そして同時に、自分自身の「当たり前」と「世間体」からも、自分を守った日でもありました。

世間体、と言っても、実体はありません。誰かに直接何かを言われたわけでもない。結局のところ、「世間」というのは、私自身の心の中にあったのだと思います。

自分の価値観を壊すことが怖かった。でも本当は、その価値観に縛られていたのは、私自身でした。

理由が分からない不登校は、本当に苦しいです。答えが見つからないまま、親は何度も自分を責めてしまいます。だからこそ、まず守ってほしいのは「学校」ではなく、お子さんの心と身体です。

👉 覚悟を決めてから選んだ通信制高校については、こちらの記事に書いています。

👉 息子の不登校の正体について気づいたことは、こちらの記事にも書いています。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

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