こんにちは、こかげです。
私は長い間、「これは個性」と思っていました。ひとりっ子だから気づけなかったのか?
息子が、もしかして発達障害かもしれない。でもまさか。
この記事は、「もしかして?」「でも」グレーゾーンだからこそどうして良いか分からなくなっていた、発達について受診をしなければならないと、気づくまでの話です。
成長を振り返る
不登校になって2年以上経って、長らく忘れていた光景を思い出しました。
幼稚園の行き渋り。
あの頃の私は、「わがままだな」ぐらいに感じていて、深く考えませんでした。でも今振り返ると、サインだったと思います。
通信制高校の課題が出せない
締め切りを前に、息子が課題を出せず、頭を抱え込んでいました。
なんで?
通信制高校の課題は、難易度もボリュームも、それほど高くない。だから通信制なら大丈夫と思っていた。だから、これが無理なら、もう道はないとショックでした。
本人も、締め切り数日前まで、おどけてこう言っていました。「こんなの、チョチョイのチョイ。1か月分を半日もあれば全部終わらせられる。」
実際、今出来ている部分は。1つの課題につき提出完了までに、15分か30分ほど。採点結果もほぼ満点。
じゃあ、なんで頭を抱えてるの!?
では、息子はなにに対して頭を抱えていたのでしょうか?「できていないから、怒られるかもしれない」「責められるかもしれない」そう思うとどうしようと動けなくなった。でも実際には、先生も私たちも心配していただけ。責めているわけではない。なのに、息子は怒られる、責められると感じて頭を抱えていた。
結局どうなったかというと、締め切り2日前から当日の昼頃まで頭を抱え込んでいた。もう提出は無理なのかな?と思った夕方から、ようやくやり始め、夕飯前には終わりました。やり始めたら、5分もかからない課題もありました。
翌日の「どや顔」
息子の衝撃の言葉です。
「分かってん!早めにやれば大変な思いもせずに済むって!」
冗談でも、笑いを取ろうとしているわけでもありません。本気の顔で、しかもどこか誇らしげに、そう言いました。
私は、びっくり。言葉がみつかりませんでした。
あ、この子は本当に分からなかったんだ。
「あたり前、普通が分からない」
この時、初めて息子のことが理解できたと、私は感じました。何度も周りから伝えていた、けれど、自分のこととして結びついていなかったのかもしれない。「なんでやらないの?」ではなく「どうしていいか分からなかった」のかもしれないなぁ。
その瞬間、私が長い間「怠け?」「ふてぶてしさ」と感じていた見方が変わりました。息子は「困っている」
外からは見えない、内側の謎
不思議なのは、息子は「やりたいこと・自分が決めたこと」はしっかりできるのです。
サポート校の説明会では、在校生として参加し、初対面の保護者にもきちんと対応していました。ギターの発表会では普通に出演して、ほかの参加者と楽しそうに談笑していました。
かつて通ったいくつかの学校でも、先生の目には「楽しそうに周囲と談笑している」と映っていたそうです。ほかの保護者の方から「礼儀正しく、みんなと仲良くしている」と聞いたこともありました。
でも、本人は、特に友達はいないと言います。コミュニケーション自体は、取れているようです。
どうやら息子の中では、「本当に話したいことを話せる相手」でないと、友達とは呼ばないようなのです。
だから彼の中では、不登校になった中学生の頃から、ずっと友達はいない。そういうことになっています。
外から見えている姿と、内側で起きていること。彼の認識は、周りとは少しズレているのかもしれません。
長い間、「ちょっと変わった子なんだな」と思っていました。
「頭がいいから、私には理解しにくいのかな」
「男子は、女子の感覚とは少し違うのかな」
そんなふうに思っていました。
なぜ気づかなかったのか
振り返ると、私には「発達障害かもしれない」という考えが、頭に浮かんだことすらありませんでした。
理由は、いくつかあります。まず、複数の先生や周囲の大人から見て、息子は普通にコミュニケーションが取れているように映っていました。学力も高い。だから「少し変わった子」とは思っても、そこに何か別の理由があるとは考えませんでした。
小学校時代は、普通に登校していました。だから中学での不登校は、「環境が合わなかった」と思っていました。まさかそこに、別の背景があるかもしれないとは、考えが及びませんでした。
もうひとつ、理由があります。私自身、発達障害への理解が浅かったのです。
ADHDについては、なんとなく知っていました。遅刻が多い。なくし物が多い。衝動的に動いてしまう。そういった困りごとが特徴としてあると、なんとなく頭にありました。
でも息子は、遅刻もほとんどない。なくし物もほぼない。落ち着いているし、友達とのトラブルもほぼない。勉強も、よくできる。
だから「発達障害は、うちには関係ない」と思っていました。
そしてASDという言葉。これは、なんとなく自分たちとは別の世界の話だと感じていて、調べてみようと思ったことすら、一度もありませんでした。
「コミュニケーションが取れる」「学力が高い」「小学校は通えていた」「遅刻やなくし物がない」。これらが重なって、うちには関係ない。知らないから、調べない。調べないから、気づかない。そういうことだったのかもしれません。
Threadsがきっかけで、調べ始めた
そんな折、Threadsに投稿したことへのコメントが届きました。
「テストの点は取れても、提出物が出せない。本人の中では分かっているのにできない、行動に移そうとすると固まる困り事があるようです」
読んだ瞬間、心臓がドキッとしました。「これ、うちの子だ。」
そこから発達障害について調べ始めました。読めば読むほど、当てはまると感じることが出てくる。「まさか我が子が!?」という言葉を、よく見聞きしていました。他人事として。でも、これは自分事でした。自分のことほど、自分の子どものことほど、見えていないものだと、改めて思いました。
息子は、自覚アリだった?
そして、ここが一番驚いたことなのですが。ずっと前に、息子がこんなことを言っていたのです。
「俺は何かしら特性がある。でも、過去の偉人も何かしら特性を持っている。だから、逆にそれでいいと思っている。」
その時の私は、真に受けませんでした。でも今は違う見方ができます。息子は自分のことを、ずっと前から自分なりに理解していたのかもしれない。不登校を「失敗」と思っていなかったのと同じように、特性を「弱点」ではなく「自分らしさ」として受け入れていたのかもしれない。
気づいていなかったのは、親の私だけだったのかもしれません。
「そっちが先に検査してもらって!」
そんな息子に、受診と検査の話を伝えると、こう言われました。
「そっち(私)がおかしいから、先に検査してもらって!」
思わず笑ってしまいました。
でも、この言葉を聞いて、ふと考えてしまったのです。一体、「普通」とは何なのでしょうか。息子から見れば、私の方が「変」に見えているのかもしれない。私が「当たり前」だと思っていることが、息子にとっては「なぜそう感じるの?」という話なのかもしれない。
👉 続きはこちら:「普通に見えていた」のはなぜか。「マスキング」を知って、長年の謎がやっと解けてきた
※発達障害かどうかは、インターネットだけでは判断できません。気になることがある場合は、医療機関や専門機関へ相談されることをおすすめします。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。


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