通信制高校の課題が出せない息子。母も変わらねばならない

通信制高校のこと

こんにちは、こかげです。

今日は、少し耳の痛いことを書きます。

私はずっと、「息子のため」と思っていました。でも本当は違いました。安心したかったのは、私自身だった。通信制高校の課題を巡る出来事で、そのことに気づきました。

自分が安心したいがために、子どもにアプローチしてしまう。それは、良くない結果しか生まなかった。うすうす気づいていました。でも、どうしてもうまくいかない。気がつけば、子どもに指示をしてしまう。管理してしまう。これは、通信制高校の課題を巡るわが家の大騒動から、私がやっとたどり着いた気づきです。

通信制高校の課題がどうしても進まない息子

前回の記事で、「初めての課題締め切りが近づいているけれど、まだ1割も終わっていない……本当に大丈夫か」というお話をしました。

👉 『自分が自分でいい』と思える場所。通信制高校3か月レポート

今回は、その「課題締め切り」を巡って、わが家で起きた大騒動のお話です。

息子が、通信制高校の課題をなかなか提出できないんです。量は、決して多くありません。内容も、息子の能力なら十分にできるはずのもの。なのに、出せない。手が止まってしまう。締切は近づいてくる。私の中の焦りも、どんどん大きくなっていきました。

「やればできるのに…」サボりに見えてイライラした本音

ここからは、自分の格好悪い本音を、正直に書きます。

私は、イライラしていました。「やればすぐ終わるのに、なんでやらないの?」「これはもう、サボってるだけじゃないの?」そんな気持ちが、抑えても抑えても湧いてきました。

年間80万円近いお金を払って、サポート校にも通わせている。それなのに課題も出せないなんて、このお金は無駄だったんじゃないか。そんな考えまで、頭をよぎりました。

いっそ、もう高校なんて辞めて、中卒でもいいんじゃないか。そこまで思い詰めた時期もありました。今思えば、私はまた、あの不登校の頃と同じように、焦って、追い詰められていたんだと思います。

「怠け」ではなかった。課題が出せない本当の理由

そんなある日、ふと気づいたんです。

息子は、アルバイトの約束はちゃんと守っている。シフトの時間に遅れることもない。きちんと働いて、お給料をもらってきている。

……あれ?

「時間を守れない人」でも、「約束を守れない人」ではないんです。やるべきことを、ちゃんとやれる子なんです。じゃあ、なぜ課題だけが出せないのか。

私は「課題が出せない」と見ていました。でも息子の中では、「学校」という言葉そのものが、まだ苦しさと結びついていたのかもしれません。不登校だった頃の感覚が、課題に手を伸ばそうとする瞬間によみがえってくる。「間違っていたら嫌だ、完璧じゃないと」という気持ちも強くありました。

これは「怠け」でも「サボり」でもなかった。不登校だった子にとって、「学校に関すること」は、私が想像する以上に重たい。バイトはできても、課題には手が伸びない。それは、まだ残っている傷のようなものだったんです。

👉 不登校だった息子が、通信制高校でアルバイトを始めた話はこちら

本当に向き合うべきだったのは、課題じゃなかった

そこまで考えて、私はやっと、本当の問題に気づきました。向き合うべきだったのは、「課題が出せないこと」ではなかったんです。「息子の人生を、私が何とかしなければ」と思い込んでいる、自分自身でした。

不登校が始まったあの頃から、私はずっと、息子の人生を背負い続けていました。学校のことも、勉強のことも、将来のことも、全部。「私が何とかしなきゃ」と。課題が出せないことにこれほど苦しくなるのも、結局は、その重荷を、まだ下ろせていなかったからなんですね。

親の小言よりも響いた、先生のたった一言

ザワザワした気持ちのまま、息子をサポート校に送り出しました。どうなることかと、内心ハラハラしながら。ところが、帰ってきた息子は、なんだか機嫌が良かったんです。正直、驚きました。

聞けば、サポート校で課題をひとつ提出できたとのこと。普段はちょっとあっさりしていて、良い意味で適当そうに見える担任の先生から、こう言われたそうです。

「君は、やる気になればこんな課題、3日もあればできるやろ。逆に、締切まで余裕があるから、やる気にならへんのちゃうか」

それを聞いた息子の反応が、また面白くて。「あの先生、普段そんなに俺のことしっかり見てるようには見えへんのに、よう分かってるなぁ。やっぱり先生は、教育者なんやなー」そう言って、とても納得した様子でした。

さらにそこからの行動が早かった。「よっしゃ、今から課題4つ、やっちゃるわい!小一時間もあればチョチョイのチョイや」そう言って、機嫌よく取り組んで、本当に、その日のうちに提出までしてしまったんです。

あれだけ動けなかったのに。私があれだけ気を揉んでいたのに。親以外の「信頼できる第三者」と出会えたことで、子どもはこんなにも動ける。それを目の当たりにして、心から思いました。この子は、本当にいい出会いに恵まれたなぁ、と。

親にできること、できないこと

この一件で、私が学んだことがあります。息子を動かしたのは、私の焦りでも、私の小言でもありませんでした。先生の、たった一言だったんです。

親にできるのは、助けること。そばで支えること。環境を整えること。でも、代わりに生きてあげることは、できないんです。

課題を出すのも、出さないのも、最終的には本人の人生。そして、本人を動かす「信頼できる誰か」は、必ずしも親ではない。むしろ、親以外の人だからこそ、響くことがある。

だから私は、これから少しずつ「これは、あなたの課題だよ」と、本人に返していこうと思っています。

「出口」は、親にもある

このブログのタイトルに、私はこんな言葉を添えています。「あの頃の私に、伝えたい。出口は、ちゃんとあるよ」

これまで私は、この「出口」を、子どもの出口だと思っていました。不登校というトンネルを抜けて、子どもが自分の居場所を見つける、それが出口だと。

でも、今は思います。

出口は、親にもあるんだと。

「全部、私が背負わなくていい」と気づくこと。それもまた、ひとつの出口なんです。

子どもの人生を、親が全部抱えなくていい。助けることはできても、代わりに生きることはできない。そして、子どもには子どもの出会いがあり、親以外の誰かが、その背中を押してくれることもある。そう気づけたとき、親もやっと、長いトンネルから一歩、外に出られるのかもしれません。

まだ私は、完全には手放せていません。今回だって、結局ハラハラしながら見守っていました(笑)。でも、「いつか手放す」と決めていることが、前とは違う。少しずつ、その練習をしているところです。

綺麗にまとまりかけましたが…現実のオチ(笑)

……と、我ながらすごく良い話風にまとめかけましたが、ここで現実のオチをひとつ。

息子が「チョチョイのチョイや!」と終わらせたのは、今月末に提出する課題の、「やっと半分」です(笑)。

あと1週間で、残りの半分+確認チェックテストが丸々残っています。ドヤ顔で満足している息子を前に、「いや、まだ半分残っとるがな!」というツッコミを喉の奥にグッと飲み込む私。わが家の課題を巡るドタバタ劇、まだまだ波乱の後半戦が待っている予感しかありません。

息子の人生を背負わないための私の「親の修行」、絶賛継続中です。がんばります(笑)。

通信制高校の課題が出せず悩んでいる保護者の方へ

今回の経験から、私が感じたことを3つにまとめます。

  • 「怠け」と決めつけない。不登校経験のある子にとって、「学校に関すること」はまだ重たい場合があります。
  • 親より第三者の言葉が届くこともある。信頼できる先生や支援者との出会いが、子どもを動かすことがあります。
  • 親は全部背負わなくていい。助けることはできても、代わりに生きることはできません。

同じように、お子さんの人生を背負い込んで苦しくなっている方がいたら、どうか、ひとりで全部抱えないでください。あなたにも、ちゃんと出口はありますよ。

👉 この課題騒動には、続きがあります:通信制高校の課題、締め切り前日でゼロ。それでも息子が自分で動いた日

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

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